1999年の本で、古い。著者もアメリカ人でどんな人かは良く分からないが、有名な帯津先生が序を書いていること、例の藤野さんが訳していることから、読んでみた。
原題は、「がんになったらやるべき50の項目」(Cancer: 50 Essential Things to Do)で、邦訳とまるで違う。これをやればガンに勝てるかのようなことが表紙に書かれている(末期ガンから生還した1万5000人の経験に学ぶ、とある)が、内容そのものは常識的で、どこにも、この50をやったらガンに勝てるとは必ずしも書いてはなかった。若干商業主義の臭いのする本。
私の興味は、主に食事に関してだが、それほど突飛なことは書かれていない。例えば、
21段階: 健康な体重を維持しよう。タンパク質、特に低脂肪のものを重点的にとろう。新鮮な食品を食べよう。
22段階: 新鮮な野菜と果物、全粒粉のパン、パスタ、豆類をとろう。赤みの肉を避け、鶏肉も制限しよう。低脂肪か無脂肪の乳製品を使おう。脂肪と砂糖は抑えよう。食べたものは記録し、改善しよう。
23段階: 水を飲もう。ガン患者には脱水症状になる傾向があり、免疫機能が阻害されるので、大量の水を飲もう。
24段階: 体に悪いものをとらない。高脂肪のスナック、TVを見ながらの食事、早食い、衝動的な食欲に基づく食事はやめよう。
25段階: ビタミン、ミネラル、ハーブのサプリメントをとろう。
など、どれも当たり前と思えることばかりだった。
面白かったのは、後半の精神に関係する部分。
37段階: 病気のメッセージを理解しよう。病気になる1~2年前に、ストレスの多い出来事か変化がなかったか。深い悲しみやストレスをどう処理してきたのだろうか。気分を切り替える方法があっただろうか。有害な状況や関係を取り除けただろうか。
38段階: いまという貴重な瞬間を生きよう。過去を悔やんでばかりいるとせっかくの機会を見逃してしまう。過去のことを考えたり、後悔するのはやめよう。
39段階: 余裕をもって遊ぶ時間をつくろう。遊べばエネルギーを蓄積できる。そのエネルギーは健康に役立つ。
40段階: 治癒力を増強するため、笑おう。
41段階: まわりの人たちとの人間関係を改善しよう。どんな点を変えるべきか考えよう。
47段階: 許すことを習慣にしよう。受けた傷や過ちに関係した人を許そう。許すことは癒しになる。
ふむふむ。デーケン先生の本と共通することも多く書かれている。
こういう本は沢山出ている。昔は、がん患者の闘病記が役に立つように思ったが、末期がんを長く患っていると、がんは多く種類があり、それぞれに経験が大きく異なるのと、症状や治療法も異なるので、必ずしも参考にならないと気がついた。精神的なところについて書かれた本の方が今では役に立つような気がしている。
乳製品は悩ましい。すっぱりと止めたいが、ケーキには沢山使われているし。パンにも。お菓子にも。食べなければ良いんだが、無理だと思う。ヨーグルトは、木魚さんに教えて頂き、入れ物を煮沸消毒した容器で、豆乳カスピ海ヨーグルト作りに挑戦中。
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2012年10月2日火曜日
2012年9月25日火曜日
「「がん」になってからの食事療法」を読む
少々古い(2001年)が、科学的な研究成果を前提に、癌治療と食事療法との関係を説いたものとして、外に適当な本はないと思う。
末期を含めた癌患者が何を食べたらよいか、食べるべきでないか、という悩ましい問題について述べた本。アメリカ対がん協会という、権威があるのかどうかは良く知らないけれど、アメリカでは有名らしい協会による本で、東北大の先生が訳され、解説をしている。
興味深いのは、アメリカの本らしく、前立腺癌についての独立した項目があること。それによれば、前立腺癌の患者のために、科学的に証明された食事療法はない。以下の食品のリストは、効果がある「可能性はあるが、まだ証明はされていない。」
①動物性食品の多量摂取は危険で科学的な根拠があると考えられる。飽和脂肪酸が少なく、果物や野菜が多い食事をし、定期的な運動をすることが大切。
②トマトに含まれるリコペンが前立腺癌の憎悪防止に効果的との疫学的な研究がある。但しこの学説は、一層の研究が必要。
③セレンが前立腺癌の発生率を低下させるという研究がある。但し、偶然そうなったのか、効果によるのかはまだ証明されていない。もし摂取するのなら、セレンを強化したビール酵母が良い。
④ビタミンEの摂取によって、前立腺癌は、潜在癌から進行癌に進展する可能性が下がるとの研究がある。但し、一層の研究が必要。
⑤大豆たんぱく質製品が良いとの考え方がある。但し研究での証明はまだない。
⑥カルシウム摂取が多い男性は、前立腺癌の発生のリスクが高いことを示す疫学研究がある。
ということで、ま、やっておいて損はないが、科学的な裏づけはないですよ、ということのようだ。
気になるのは、乳製品について言及が全くないこと。また、塩分についての言及もない。
末期を含めた癌患者が何を食べたらよいか、食べるべきでないか、という悩ましい問題について述べた本。アメリカ対がん協会という、権威があるのかどうかは良く知らないけれど、アメリカでは有名らしい協会による本で、東北大の先生が訳され、解説をしている。
興味深いのは、アメリカの本らしく、前立腺癌についての独立した項目があること。それによれば、前立腺癌の患者のために、科学的に証明された食事療法はない。以下の食品のリストは、効果がある「可能性はあるが、まだ証明はされていない。」
①動物性食品の多量摂取は危険で科学的な根拠があると考えられる。飽和脂肪酸が少なく、果物や野菜が多い食事をし、定期的な運動をすることが大切。
②トマトに含まれるリコペンが前立腺癌の憎悪防止に効果的との疫学的な研究がある。但しこの学説は、一層の研究が必要。
③セレンが前立腺癌の発生率を低下させるという研究がある。但し、偶然そうなったのか、効果によるのかはまだ証明されていない。もし摂取するのなら、セレンを強化したビール酵母が良い。
④ビタミンEの摂取によって、前立腺癌は、潜在癌から進行癌に進展する可能性が下がるとの研究がある。但し、一層の研究が必要。
⑤大豆たんぱく質製品が良いとの考え方がある。但し研究での証明はまだない。
⑥カルシウム摂取が多い男性は、前立腺癌の発生のリスクが高いことを示す疫学研究がある。
ということで、ま、やっておいて損はないが、科学的な裏づけはないですよ、ということのようだ。
気になるのは、乳製品について言及が全くないこと。また、塩分についての言及もない。
2012年9月22日土曜日
藤野邦夫「ガンを恐れず」再読
ご自身も前立腺がんになり放射線治療を受けられ、がん難民という言葉を広めたことで知られる藤野さんの本。
昔読んで、今また読み直している。
この本で、特定の健康食品を堂々と勧めていたりするので、毀誉褒貶があるようだが、とはいえ、なかなか立派な本で、一読の価値があると思う。
藤野氏は、アメリカの文献等と自分の経験から、がん治療とは、がんと闘う主役は自分の免疫システムであること、だから無自覚に医師の治療を受けるのではだめで、自分の病状を正確に理解し、最適な治療法を自ら探し、求めるべきで、また不安ではなく、希望をもって暮らすことが大切だと説いている。
特に、セカンドオピニオンや、医師、看護士への積極的な質問、会話などを利用しながら、最適な治療法を患者側が主体的・自覚的に判断しなければならない、と再三再四力説している。自分の命に関わることなので、他人任せではだめだ、ということなんだろうと思う。
但し、それがいかに困難なことかは、嫌と言うほど体験した。だからこと、本書を読み返す意味があるということかもしれない。
私は海外の学校で教育の一部を受けたためか、日本社会では浮いてしまいがちで、主張が強い、生意気だと言われ続けてきたが(海外では、逆に主体性がなく、何を考えているのか分からないなどとと言われていたのだが)、それでも実際にがんになり、病院で自分の病状や治療法について、医師と会話するのは、とっても勇気と気力と体力が要ることで、先方に全くその経験や意思のない医師が少なからずいるために、そんなには簡単ではないと思った。医師にもよると思うけれど、質問されることを嫌がる先生が実際にいたので(前の主治医などその典型かもしれない。若い先生だけどね)。
昔読んで、今また読み直している。
この本で、特定の健康食品を堂々と勧めていたりするので、毀誉褒貶があるようだが、とはいえ、なかなか立派な本で、一読の価値があると思う。
藤野氏は、アメリカの文献等と自分の経験から、がん治療とは、がんと闘う主役は自分の免疫システムであること、だから無自覚に医師の治療を受けるのではだめで、自分の病状を正確に理解し、最適な治療法を自ら探し、求めるべきで、また不安ではなく、希望をもって暮らすことが大切だと説いている。
特に、セカンドオピニオンや、医師、看護士への積極的な質問、会話などを利用しながら、最適な治療法を患者側が主体的・自覚的に判断しなければならない、と再三再四力説している。自分の命に関わることなので、他人任せではだめだ、ということなんだろうと思う。
但し、それがいかに困難なことかは、嫌と言うほど体験した。だからこと、本書を読み返す意味があるということかもしれない。
私は海外の学校で教育の一部を受けたためか、日本社会では浮いてしまいがちで、主張が強い、生意気だと言われ続けてきたが(海外では、逆に主体性がなく、何を考えているのか分からないなどとと言われていたのだが)、それでも実際にがんになり、病院で自分の病状や治療法について、医師と会話するのは、とっても勇気と気力と体力が要ることで、先方に全くその経験や意思のない医師が少なからずいるために、そんなには簡単ではないと思った。医師にもよると思うけれど、質問されることを嫌がる先生が実際にいたので(前の主治医などその典型かもしれない。若い先生だけどね)。
2012年9月19日水曜日
デーケンの「死とどう向き合うか」を読む
上智大の先生だった、アルフォンス・デーケンの「死とどう向き合うか」を図書館で借りて読んでいる。結構ためになる。
死に関しての教科書のような、網羅的な本なので、一杯いろいろなことが書いてあったけれど、私にとってためになったのは、死に直面した誰もが経験する、心の移り変わり(過程)についての部分と、死への恐怖をどうやって克服すべきか、また恐怖は克服でき、幸せな死を迎えることもできるという部分だった。
本書によれば、末期の患者の心の揺れ動きには、共通の死への過程(プロセス)があり、5段階か、6段階に分けられるとのこと。
①「否認」 殆どの末期患者は、告げられた事実(例えば、余命三ヶ月)を否定する。自分が死ななければならないという事実が認められない。
②「怒り」 何故自分が死ななければならないのかという怒りを周囲にぶつける段階。医師は患者とのコミュニケーションが持てない。
③「人生の見直しと再評価」 人間関係のトラブルを解決しておく時期。苦しい治療を受け入れ、延命を望む時期。この時期は短いが、理性的になり、周囲に対し開放的、協調的になる。
④「抑うつ」 死が近づくと、抑うつが現れる。周囲はもう何もできなくなる。
⑤「受容」 避けがたい死をという運命を平静に受け入れる。
⑥「期待と希望」 死後、愛する人との再会を期待する。死後の世界を信じる人の場合に多い。
私について、振り返ると、まだ否認と怒りの段階なんだろうか。まだ半ば引きこもっているので、③の段階にあるとは思いにくい。面会は断っているし。人によっては、積極的に自分の末期がんの経験を講演会や患者会などで話し、他のがん患者を勇気づける活動をする人もいるようだ。まさに③の段階にある人なんだろうが、私はそうなることはなさそうな気がする。
また、本書によると、全ての人が⑤、⑥の段階に進むとは言えず、稀には最期まで自分の死を否定したままで死んでいく人もいるという。著者によれば、⑤、⑥にまで進めた人の方が幸せな死を迎えているという。そして、死生観、宗教、死への準備によって、死に臨む態度は違ってくる、という。
確かに、最期まで、自分は不幸だったと喚きながら死ぬのか(私の母が残念ながらそうなりそうな気がしてならない)、周囲に私は幸福だったと言って死ぬのかでは、死に方として大きな差があるだろうと思う。本人にとってだけでなく、残されたものにとっては、その差は大きいだろう。
更に、本書によれば、幸せな死を迎えるには、患者は死への恐怖を乗り越えなければならない。著者によると、死への恐怖には幾つかのタイプがあるという。
①「苦痛への恐怖」 がん死は痛い。がんによる痛みに苛まれて死ぬのが如何に辛いものかは、既に入り口を経験してしまった。
②「孤独への恐怖」 病院や家で孤独な死を迎える恐怖は強い。見捨てられている、と感じる場合、こうした恐怖感が強まるような気がする。
③「家族への負担になることへの恐怖」 既に入院、通院などの治療で物理的、経済的、心理的に家族には大きな負担になっている訳だが、終末医療の介護や看護が負担になると思う気持ちが恐怖になるという。患者が働き盛りの男ならば、残された家族の経済的、心理的負担に対する恐怖も一層強いだろう。
④「未知なるものを前にしての不安」 死ぬ経験は誰もしたことがないので、教えてくれる人がいない。ただし、この不安は先の「死の過程」を理解し、死への準備をすることで、大きく緩和される。
⑤「人生を不完全なまま終えることへの不安」 私のような家族がいないものは、将来弔う人がいない。特にライフワークはないけれど、中途半端な人生だったような気がしてならない。幸せな死を迎えるには、本書によれば、自分の人生が不完全ではなく、肯定的なものだったと捉えることができるようになる必要があるらしく、結構重要らしい。
⑥「自己の消滅への不安」 これは動物的、本能的な不安感なんだろうと思う。
私に関しては、苦痛への恐怖はとても大きい。また、私の死が引き起こす家族、友人への負担感、喪失感(家をどう整理するのだろう、家財の処分はどうするのだろう、墓はどうするのだろう、私がいないという心理的な穴はどう埋めるのだろう、などなど)に対する恐怖がある。動物的な死への不安感も強い。人生が不完全なまま終えることに関しては、独身で中途半端に生きてきたし、家庭人としても、社会人としても成功しないまま病気になったので、それはそれで受け入れざるを得ないという諦めの気持ちがあるけれど、素晴しい人生だったなどと、無理やり肯定的に受け入れるのは無理のように思う。
死に関しての教科書のような、網羅的な本なので、一杯いろいろなことが書いてあったけれど、私にとってためになったのは、死に直面した誰もが経験する、心の移り変わり(過程)についての部分と、死への恐怖をどうやって克服すべきか、また恐怖は克服でき、幸せな死を迎えることもできるという部分だった。
本書によれば、末期の患者の心の揺れ動きには、共通の死への過程(プロセス)があり、5段階か、6段階に分けられるとのこと。
①「否認」 殆どの末期患者は、告げられた事実(例えば、余命三ヶ月)を否定する。自分が死ななければならないという事実が認められない。
②「怒り」 何故自分が死ななければならないのかという怒りを周囲にぶつける段階。医師は患者とのコミュニケーションが持てない。
③「人生の見直しと再評価」 人間関係のトラブルを解決しておく時期。苦しい治療を受け入れ、延命を望む時期。この時期は短いが、理性的になり、周囲に対し開放的、協調的になる。
④「抑うつ」 死が近づくと、抑うつが現れる。周囲はもう何もできなくなる。
⑤「受容」 避けがたい死をという運命を平静に受け入れる。
⑥「期待と希望」 死後、愛する人との再会を期待する。死後の世界を信じる人の場合に多い。
私について、振り返ると、まだ否認と怒りの段階なんだろうか。まだ半ば引きこもっているので、③の段階にあるとは思いにくい。面会は断っているし。人によっては、積極的に自分の末期がんの経験を講演会や患者会などで話し、他のがん患者を勇気づける活動をする人もいるようだ。まさに③の段階にある人なんだろうが、私はそうなることはなさそうな気がする。
また、本書によると、全ての人が⑤、⑥の段階に進むとは言えず、稀には最期まで自分の死を否定したままで死んでいく人もいるという。著者によれば、⑤、⑥にまで進めた人の方が幸せな死を迎えているという。そして、死生観、宗教、死への準備によって、死に臨む態度は違ってくる、という。
確かに、最期まで、自分は不幸だったと喚きながら死ぬのか(私の母が残念ながらそうなりそうな気がしてならない)、周囲に私は幸福だったと言って死ぬのかでは、死に方として大きな差があるだろうと思う。本人にとってだけでなく、残されたものにとっては、その差は大きいだろう。
更に、本書によれば、幸せな死を迎えるには、患者は死への恐怖を乗り越えなければならない。著者によると、死への恐怖には幾つかのタイプがあるという。
①「苦痛への恐怖」 がん死は痛い。がんによる痛みに苛まれて死ぬのが如何に辛いものかは、既に入り口を経験してしまった。
②「孤独への恐怖」 病院や家で孤独な死を迎える恐怖は強い。見捨てられている、と感じる場合、こうした恐怖感が強まるような気がする。
③「家族への負担になることへの恐怖」 既に入院、通院などの治療で物理的、経済的、心理的に家族には大きな負担になっている訳だが、終末医療の介護や看護が負担になると思う気持ちが恐怖になるという。患者が働き盛りの男ならば、残された家族の経済的、心理的負担に対する恐怖も一層強いだろう。
④「未知なるものを前にしての不安」 死ぬ経験は誰もしたことがないので、教えてくれる人がいない。ただし、この不安は先の「死の過程」を理解し、死への準備をすることで、大きく緩和される。
⑤「人生を不完全なまま終えることへの不安」 私のような家族がいないものは、将来弔う人がいない。特にライフワークはないけれど、中途半端な人生だったような気がしてならない。幸せな死を迎えるには、本書によれば、自分の人生が不完全ではなく、肯定的なものだったと捉えることができるようになる必要があるらしく、結構重要らしい。
⑥「自己の消滅への不安」 これは動物的、本能的な不安感なんだろうと思う。
私に関しては、苦痛への恐怖はとても大きい。また、私の死が引き起こす家族、友人への負担感、喪失感(家をどう整理するのだろう、家財の処分はどうするのだろう、墓はどうするのだろう、私がいないという心理的な穴はどう埋めるのだろう、などなど)に対する恐怖がある。動物的な死への不安感も強い。人生が不完全なまま終えることに関しては、独身で中途半端に生きてきたし、家庭人としても、社会人としても成功しないまま病気になったので、それはそれで受け入れざるを得ないという諦めの気持ちがあるけれど、素晴しい人生だったなどと、無理やり肯定的に受け入れるのは無理のように思う。
2011年2月12日土曜日
「切らずに治すがん治療」中川恵一著を読む
実はそうでもないようで、癌細胞は全身に散っているため、根治はできないが、大きな腫瘍は抑えられるらしい。でもなぜ、D2では放射線治療をしてくれないのだろう。治らないのだから、治る人を優先したいということか。それも理屈として分るが、大きくなった病巣を小さくできるのであれば、試みるべきとも思うのだが。医療費抑制の面の問題なのだろうか。
良く分からない。一度放射線医のセカンドオピニオンを貰って見たいと思った。
2011年1月18日火曜日
山田元京大教授の前立腺癌闘病記「ある科学者の闘病の軌跡」を読む
発病時年齢 63歳(94年) (自分の場合 55歳、2010年)
グリソンスコア 7(中分化がん) (9 低分化がんでより悪質)
PSA 118 (35)
転移 リンパ節(D1) (骨盤、D2)
癌そのものはぼくのものの方がたちが悪い。
63歳で、LH-RHの注射を開始 (55歳でLH-RHの注射を開始)
プロスタールL錠を飲む (カソデックス80mgを飲む)
64歳(95年) PSA 1台に低下
67歳(98年) PSA上昇で再燃
京大で放射線照射70グレイ
副作用で入院
PSA0.02に低下
68歳(99年)カソデックスの輸入使用が解禁、服用
PSA0.2から0.5で推移
71歳(2002年)PSA再上昇、2から3に
東海大八王子病院で超音波治療
72歳(2003年)PSA1に低下したが再上昇のため、再度東海大八王子病院で超音波治療
閉尿になる、5ヶ月間入院
人工肛門をつける
カソデックス服用を中止(2年服用とあり、服用開始は70歳?)
73歳(2004年)入退院を繰り返す
75歳(2006年)PSA再上昇、30に
抗癌剤エクストラサイト服用開始
PSA10台に、現在に至る(2009年時点)
一般に、病期がDの前立腺癌患者の平均余命は、5年生存率が2から3割、10年が6%程度というデータがある(伊藤晴夫、メデイカルビュー、2004年)ので、長生きをされている。それも、その間に、京大教授だけでなく、新たな大学の学長、日本の学士院会員、アメリカの科学アカデミーの会員も勤め、今上天皇への進講もされるなど、活躍されている。ある程度の責任を持っていたほうが癌に良い、との主治医のアドバイスがあったようだ。普通ならば60過ぎて末期癌になれば、仕事は辞めるだろう。余人に代えがたいという状況があり、また教授は時間的な制約がサラリーマンと違い、治療と両立しやすい環境にあり、またかかっていた病院が京大でもあり、環境が良かったのかもしれない。
骨に転移がなかったことが幸いをしているのかもしれない。骨転移は痛みが激しく、活動もできなくなるから、状況が良かったのかもしれない。
カソデックスが良く効くらしい。新しい薬の効果というのがあるのかもしれない。
人工肛門をつける時には、家族は自殺を心配したらしい。それだけ、危機的だったということのようだ。本書では淡々と語られているため、見過ごしそうになったが。
支えは、家族、友人、知人だそうだ。僕の場合、家族は兄弟だけ、子供も妻もない。友人も心許ない。
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