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2012年9月25日火曜日

「「がん」になってからの食事療法」を読む

少々古い(2001年)が、科学的な研究成果を前提に、癌治療と食事療法との関係を説いたものとして、外に適当な本はないと思う。

末期を含めた癌患者が何を食べたらよいか、食べるべきでないか、という悩ましい問題について述べた本。アメリカ対がん協会という、権威があるのかどうかは良く知らないけれど、アメリカでは有名らしい協会による本で、東北大の先生が訳され、解説をしている。

興味深いのは、アメリカの本らしく、前立腺癌についての独立した項目があること。それによれば、前立腺癌の患者のために、科学的に証明された食事療法はない。以下の食品のリストは、効果がある「可能性はあるが、まだ証明はされていない。」

①動物性食品の多量摂取は危険で科学的な根拠があると考えられる。飽和脂肪酸が少なく、果物や野菜が多い食事をし、定期的な運動をすることが大切。
②トマトに含まれるリコペンが前立腺癌の憎悪防止に効果的との疫学的な研究がある。但しこの学説は、一層の研究が必要。
③セレンが前立腺癌の発生率を低下させるという研究がある。但し、偶然そうなったのか、効果によるのかはまだ証明されていない。もし摂取するのなら、セレンを強化したビール酵母が良い。
④ビタミンEの摂取によって、前立腺癌は、潜在癌から進行癌に進展する可能性が下がるとの研究がある。但し、一層の研究が必要。
⑤大豆たんぱく質製品が良いとの考え方がある。但し研究での証明はまだない。
⑥カルシウム摂取が多い男性は、前立腺癌の発生のリスクが高いことを示す疫学研究がある。

ということで、ま、やっておいて損はないが、科学的な裏づけはないですよ、ということのようだ。

気になるのは、乳製品について言及が全くないこと。また、塩分についての言及もない。











2012年9月22日土曜日

藤野邦夫「ガンを恐れず」再読

ご自身も前立腺がんになり放射線治療を受けられ、がん難民という言葉を広めたことで知られる藤野さんの本。

昔読んで、今また読み直している。

この本で、特定の健康食品を堂々と勧めていたりするので、毀誉褒貶があるようだが、とはいえ、なかなか立派な本で、一読の価値があると思う。

藤野氏は、アメリカの文献等と自分の経験から、がん治療とは、がんと闘う主役は自分の免疫システムであること、だから無自覚に医師の治療を受けるのではだめで、自分の病状を正確に理解し、最適な治療法を自ら探し、求めるべきで、また不安ではなく、希望をもって暮らすことが大切だと説いている。

特に、セカンドオピニオンや、医師、看護士への積極的な質問、会話などを利用しながら、最適な治療法を患者側が主体的・自覚的に判断しなければならない、と再三再四力説している。自分の命に関わることなので、他人任せではだめだ、ということなんだろうと思う。

但し、それがいかに困難なことかは、嫌と言うほど体験した。だからこと、本書を読み返す意味があるということかもしれない。

私は海外の学校で教育の一部を受けたためか、日本社会では浮いてしまいがちで、主張が強い、生意気だと言われ続けてきたが(海外では、逆に主体性がなく、何を考えているのか分からないなどとと言われていたのだが)、それでも実際にがんになり、病院で自分の病状や治療法について、医師と会話するのは、とっても勇気と気力と体力が要ることで、先方に全くその経験や意思のない医師が少なからずいるために、そんなには簡単ではないと思った。医師にもよると思うけれど、質問されることを嫌がる先生が実際にいたので(前の主治医などその典型かもしれない。若い先生だけどね)。


2012年9月19日水曜日

デーケンの「死とどう向き合うか」を読む

上智大の先生だった、アルフォンス・デーケンの「死とどう向き合うか」を図書館で借りて読んでいる。結構ためになる。

死に関しての教科書のような、網羅的な本なので、一杯いろいろなことが書いてあったけれど、私にとってためになったのは、死に直面した誰もが経験する、心の移り変わり(過程)についての部分と、死への恐怖をどうやって克服すべきか、また恐怖は克服でき、幸せな死を迎えることもできるという部分だった。

本書によれば、末期の患者の心の揺れ動きには、共通の死への過程(プロセス)があり、5段階か、6段階に分けられるとのこと。

①「否認」 殆どの末期患者は、告げられた事実(例えば、余命三ヶ月)を否定する。自分が死ななければならないという事実が認められない。

②「怒り」 何故自分が死ななければならないのかという怒りを周囲にぶつける段階。医師は患者とのコミュニケーションが持てない。

③「人生の見直しと再評価」 人間関係のトラブルを解決しておく時期。苦しい治療を受け入れ、延命を望む時期。この時期は短いが、理性的になり、周囲に対し開放的、協調的になる。

④「抑うつ」 死が近づくと、抑うつが現れる。周囲はもう何もできなくなる。

⑤「受容」 避けがたい死をという運命を平静に受け入れる。

⑥「期待と希望」 死後、愛する人との再会を期待する。死後の世界を信じる人の場合に多い。

私について、振り返ると、まだ否認と怒りの段階なんだろうか。まだ半ば引きこもっているので、③の段階にあるとは思いにくい。面会は断っているし。人によっては、積極的に自分の末期がんの経験を講演会や患者会などで話し、他のがん患者を勇気づける活動をする人もいるようだ。まさに③の段階にある人なんだろうが、私はそうなることはなさそうな気がする。

また、本書によると、全ての人が⑤、⑥の段階に進むとは言えず、稀には最期まで自分の死を否定したままで死んでいく人もいるという。著者によれば、⑤、⑥にまで進めた人の方が幸せな死を迎えているという。そして、死生観、宗教、死への準備によって、死に臨む態度は違ってくる、という。

確かに、最期まで、自分は不幸だったと喚きながら死ぬのか(私の母が残念ながらそうなりそうな気がしてならない)、周囲に私は幸福だったと言って死ぬのかでは、死に方として大きな差があるだろうと思う。本人にとってだけでなく、残されたものにとっては、その差は大きいだろう。

更に、本書によれば、幸せな死を迎えるには、患者は死への恐怖を乗り越えなければならない。著者によると、死への恐怖には幾つかのタイプがあるという。

①「苦痛への恐怖」 がん死は痛い。がんによる痛みに苛まれて死ぬのが如何に辛いものかは、既に入り口を経験してしまった。

②「孤独への恐怖」 病院や家で孤独な死を迎える恐怖は強い。見捨てられている、と感じる場合、こうした恐怖感が強まるような気がする。

③「家族への負担になることへの恐怖」 既に入院、通院などの治療で物理的、経済的、心理的に家族には大きな負担になっている訳だが、終末医療の介護や看護が負担になると思う気持ちが恐怖になるという。患者が働き盛りの男ならば、残された家族の経済的、心理的負担に対する恐怖も一層強いだろう。

④「未知なるものを前にしての不安」 死ぬ経験は誰もしたことがないので、教えてくれる人がいない。ただし、この不安は先の「死の過程」を理解し、死への準備をすることで、大きく緩和される。

⑤「人生を不完全なまま終えることへの不安」 私のような家族がいないものは、将来弔う人がいない。特にライフワークはないけれど、中途半端な人生だったような気がしてならない。幸せな死を迎えるには、本書によれば、自分の人生が不完全ではなく、肯定的なものだったと捉えることができるようになる必要があるらしく、結構重要らしい。

⑥「自己の消滅への不安」 これは動物的、本能的な不安感なんだろうと思う。

私に関しては、苦痛への恐怖はとても大きい。また、私の死が引き起こす家族、友人への負担感、喪失感(家をどう整理するのだろう、家財の処分はどうするのだろう、墓はどうするのだろう、私がいないという心理的な穴はどう埋めるのだろう、などなど)に対する恐怖がある。動物的な死への不安感も強い。人生が不完全なまま終えることに関しては、独身で中途半端に生きてきたし、家庭人としても、社会人としても成功しないまま病気になったので、それはそれで受け入れざるを得ないという諦めの気持ちがあるけれど、素晴しい人生だったなどと、無理やり肯定的に受け入れるのは無理のように思う。  



2012年9月11日火曜日

同病の方とお会いする

このブログにコメントしてくださる方が、私の家の近所ということが判明したため、情報交換がてら、駅前の喫茶店でお目にかかった。私は、ほぼ引きこもり生活なので、同病の方とお話を出来るのは嬉しい限り。

びっくりしたのは、家がご近所だったこと。私の家の窓から良く見える。全くの目と鼻の先。

湯治がお好きのようだったので、近所の日帰り温泉の情報交換をさせて頂く。
 
家の窓からは、最近出来たばかりの総合病院、大山、丹沢、その後ろにちょっとだけ富士山が見える。大山には、いつか登って見たい。確か、ケーブルカーで頂上付近まで行けた筈。階段もやっと登っているのに、山は無理だろうか。その裏の丹沢は無理。富士は18歳の時に登ったので、それで十分。


昔良く通った、栃尾又温泉の囲炉裏。


2012年9月10日月曜日

闘病三年目

末期がんと告知された頃、時々「やりたいことがあれば、何でもやったら」と言われた。でも、何をしてよいか分からなかった。「欲しいものは?」と聞かれると、答えはしなかったが、「一日でも長く生きたい」と心の中では思っていた。だから、過去2年、特に新しいことは何もせず、またできず、欲しいものもなく、どちらかといえば、断捨離で、家の中の不要なもの(スキー、スケート、テニス、スカッシュ、バドミントン、登山、カヌーなどのスポーツ用品、テントなどキャンプ道具、旅行道具、キャリアーなどの自動車用品、出勤用のスーツ、コート、シャツ、靴、鞄、本など)を捨て、整理整頓に励んだ。

一度死にたくなるような痛みの日々に直面してみて、今は治験の薬が効いて、痛みから漸く回復し、散歩も可能となり、外出も出来、正座も出来るようになり、笑うことも出来るようになってみると、多少やりたいことが出来てきた。

習い事がしたい。本当に出来るとは思えないし、いつ再び座れなくなるかも分からないので、長続きはしないだろうが、お茶か、謡を習いたい。どっちも体を使う(正座する)ので、骨の痛みが出れば無理なのだけれど。

お茶は、一度も習ったことがない。私の世代で、男で、お茶を習う人は少ないと思うけれど、習っておけば良かった。私の父母の世代や、姉は習ったらしいので、少々残念。今更、あんなこみいった所作を覚えるのは無理かもしれない。記憶力が驚異的に衰えているし。かなりぼけて来ている。でも、お茶席で、全く作法を知らないのも、格好悪いように思う。(お茶席に行く機会は全くないのだが。)

謡は、能にはまっているため。40歳くらいまで、日本の古典芸能は全く好きでなかった。興味も無かった。文楽だけは、何故か子供の頃から好きだったが、40代になり、ある時から、歌舞伎を時々見るようになり(文楽と歌舞伎は台本が同じものが多い)、歌舞伎から落語(落語には歌舞伎を題材にしたものが多いので、歌舞伎を見ていると、落語も良く分かることが多い)、落語から能が好きになった。落語にも歌舞伎にも、能が元になっているものが多い(歌舞伎の方が多く、落語はそれほどではないが、例えば船弁慶)ので、能を見ていて、これはあの落語の元になっているな、などと思うことも時々ある。

焼き物が好きなので、茶碗経由でお茶にも興味を持ち出したという事情もあるかもしれない。和服も着るようになり、45くらいからは、見るものは古典芸能一本槍になった。昔は能や、落語がTVラジオから流れると、直ぐ局を変えてものだけれど、何ていう変わりようだろうと思う。今ではFMの能を聞いて、これは何の曲か、直ぐに言えるようにまでなってしまった。若い頃から、古典芸能やお茶やお花や、日本文化に親しんでおけば良かったな。お金と時間が掛かるので、無理だったかもしれないけれど。

とはいえ、また痛みが出たり、薬が効かなくなったりすれば、それどころでなくなり、集中力もなくなり、考えることも出来なくなり、顔から表情がなくなり、気持ちもぼんやりしてしまうかもしれない。短い間に出来ることは何だろうか。

父親作の茶碗で一服。作法はまるでなし。