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2012年9月10日月曜日

闘病三年目

末期がんと告知された頃、時々「やりたいことがあれば、何でもやったら」と言われた。でも、何をしてよいか分からなかった。「欲しいものは?」と聞かれると、答えはしなかったが、「一日でも長く生きたい」と心の中では思っていた。だから、過去2年、特に新しいことは何もせず、またできず、欲しいものもなく、どちらかといえば、断捨離で、家の中の不要なもの(スキー、スケート、テニス、スカッシュ、バドミントン、登山、カヌーなどのスポーツ用品、テントなどキャンプ道具、旅行道具、キャリアーなどの自動車用品、出勤用のスーツ、コート、シャツ、靴、鞄、本など)を捨て、整理整頓に励んだ。

一度死にたくなるような痛みの日々に直面してみて、今は治験の薬が効いて、痛みから漸く回復し、散歩も可能となり、外出も出来、正座も出来るようになり、笑うことも出来るようになってみると、多少やりたいことが出来てきた。

習い事がしたい。本当に出来るとは思えないし、いつ再び座れなくなるかも分からないので、長続きはしないだろうが、お茶か、謡を習いたい。どっちも体を使う(正座する)ので、骨の痛みが出れば無理なのだけれど。

お茶は、一度も習ったことがない。私の世代で、男で、お茶を習う人は少ないと思うけれど、習っておけば良かった。私の父母の世代や、姉は習ったらしいので、少々残念。今更、あんなこみいった所作を覚えるのは無理かもしれない。記憶力が驚異的に衰えているし。かなりぼけて来ている。でも、お茶席で、全く作法を知らないのも、格好悪いように思う。(お茶席に行く機会は全くないのだが。)

謡は、能にはまっているため。40歳くらいまで、日本の古典芸能は全く好きでなかった。興味も無かった。文楽だけは、何故か子供の頃から好きだったが、40代になり、ある時から、歌舞伎を時々見るようになり(文楽と歌舞伎は台本が同じものが多い)、歌舞伎から落語(落語には歌舞伎を題材にしたものが多いので、歌舞伎を見ていると、落語も良く分かることが多い)、落語から能が好きになった。落語にも歌舞伎にも、能が元になっているものが多い(歌舞伎の方が多く、落語はそれほどではないが、例えば船弁慶)ので、能を見ていて、これはあの落語の元になっているな、などと思うことも時々ある。

焼き物が好きなので、茶碗経由でお茶にも興味を持ち出したという事情もあるかもしれない。和服も着るようになり、45くらいからは、見るものは古典芸能一本槍になった。昔は能や、落語がTVラジオから流れると、直ぐ局を変えてものだけれど、何ていう変わりようだろうと思う。今ではFMの能を聞いて、これは何の曲か、直ぐに言えるようにまでなってしまった。若い頃から、古典芸能やお茶やお花や、日本文化に親しんでおけば良かったな。お金と時間が掛かるので、無理だったかもしれないけれど。

とはいえ、また痛みが出たり、薬が効かなくなったりすれば、それどころでなくなり、集中力もなくなり、考えることも出来なくなり、顔から表情がなくなり、気持ちもぼんやりしてしまうかもしれない。短い間に出来ることは何だろうか。

父親作の茶碗で一服。作法はまるでなし。


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